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迷える子羊の幸せへの道のり

迷える傷ついた子羊です( ´艸`)いろんな事があったけど、健康で長生きで仕事がある、そして住み慣れた日本で暮らせるのが幸せかなって思ってます。

思い出すこと

次の試験まであと4日くらい?だから、毎日2時間歩いて、数学やって、日中ほかにほとんど考えることはない。充実している。どうせ受けるなら受かりたいと祈るくらいか。

夜風呂上りに自分の時間ができると考えてしまう。どうしようもないことを。

あの人との間に子供ができていたら、ハーフのかわいい子だっただろう。実際生まれてこなかったけど、身ごもったこともあったんだ。あの時うめていたら、事実少しの間でも私はハーフの子を身ごもったのだ。ハーフである外見というより、彼女が将来大人になったときに、苦労せずに、自分に合う国で、生きていけるということ。

でも、あの人は妊婦である私にもひどい脅しや暴力的な言動をやめることができなかった。安静が必要な時に、私は彼の暴言、背中を押されるのを逃れるために、コートをかぶって、安い、寒い、みじめなソファーで何度も何度も夜を明かさなくてはいけなかった。何度も、せっかく宿ってくれたのに、おなかにいるときからこんな想いをさせてごめんねと何度も何度もあやまった。あやまって、つわりでつらくて、外に出られなくて、においもだめで、ある時つわりでつらくて寝ていた。もうシャンプーのにおいだけえ気持ち悪くてはいていた私は、彼の強いにおいつきソープのにおいで気持ち悪くて目が覚めた。シャワーを浴びた後に、彼が浴室の窓をあけて、においを逃がしてくれれば、私は部屋中の窓を開けずにすむのに、そんなことはしてくれるはずがない。案の定シャワーのあと、浴室の扉を開けていた。気持ち悪さで死にそうで、私は寝室の窓をあけた。本当につわりがひどかった。一か月家からろくにでることもできなかった。期限の悪かった彼は、怒って寝室の窓を閉めるように命令してきた。気持ち悪くでそれができないで、窓をあけていると、大変怒って、窓を閉めた。そして、あんまり覚えてないけど、俺は暖房費をはらってるんだ、窓をあけるなみたいな感じで怒って、自分の頭の上で、腕で十字をつくって防御している?私の腕をつかんでぐわんぐわんと揺さぶってきた。子供が、いるのに、手加減なしだ。そのあとソファーに移動した私は、それでも切れてくるあいつに最悪の事態をされないように十字に組み続けて、怒鳴られていたかな。何度も何度もここは地獄だと思った。突発的に何十回もベランダから身を投げたかった。投げたら、誰も私と子供の遺体を日本に運んではくれないだろうから、そうすることもできなかった。日本に連れて帰って、私のことをかわいそうだとおもっている母にかわいそうな差別を受けると思っているハーフを、母に頼り切って育てる自信はなかった。病気の彼の遺伝子を受け継いだ、非常にデリケートな子を育て上げる自信はなかったし、あまりにも無能だと怒鳴られ続けて、気力なんてなかった。だからうめてたとしても、うめなかった。彼女はおそらくあいつから暴力を受けて育っただろう。そして、親子二人でとにかくあいつからの害をさけることを考えて生きていただろう。あの子は、私をこの地獄から救い出すために、自分の命を削って、私に宿ってくれたのではないかと思うことがあった。もしかしたら、あの子は昔事故でなくなった私の好きな人だったのではないかとすら思えた。そうして、やっとの思いで私は抜け出した。もう二度と日本以外の国に住みたいとは思わない。旅行で十分だ。だけど、命を懸けてくれた子供をハーフの子供を産みたいと今の私は思ってしまう。ごめんね。ごめんね。ごめんね。本当にごめんね。私は31歳の大人なのに、守れなくて、本当にごめんね。ごめんなさい。